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愛と光と奇跡と

「奇跡のコース」を実践してみます。

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レッスン2 わたしは見るものすべてに、自分にとっての意味を与えています。


わたしは(この部屋で/この道で/この窓から/この場所に)見るものすべてに、自分にとっての意味を与えています。

 「わたしは何も知らない (『奇跡のコース』のワークを学ぶガイドブック1)」
   香咲弥須子 (著) 

このエクササイズは、昨日のエクササイズの続きです。昨日は、「この椅子には、何の意味もありません。」でした。昨日と同様、このアイデアに、自分のまわりにある様々なものを無条件に当てはめていきます。

こんな感じです。

わたしは、この椅子に、自分にとっての意味を与えています。
わたしは、この本に、自分にとっての意味を与えています。


少し遠くの方を見て、

わたしは、あの窓に、自分にとっての意味を与えています。
わたしは、あのお店に、自分にとっての意味を与えています。


昨日と同様に、目に入るものを、どんどん適用していきます。

わたしは、このおにいさんは、自分にとっての意味を与えています。
わたしは、このおじさんに、自分にとっての意味を与えています。


わたしは、あの女子高生の長い髪に、自分にとっての意味を与えています。
わたしは、あのおねえさんが着ている真っ白なシャツに、自分にとっての意味を与えています。
わたしは、あのおばあちゃんが持っているカバンに、自分にとっての意味を与えています。

やはり、調子に乗って、いろいろ当てはめたくなりますが、これも、1分の目安でレッスンを終了させます。

昨日も書きましたけど、著者の言葉を借りれば、

「取り上げるものに何の順位も違いもないことに気付いてください。」

ということが、もっとも大切なこと、なのだと思います。
ただし、なぜ、このレッスンが有用であるのかなどは、考えなくていいそうです。
とにかく、ガイドブックの中身を、淡々と実践していけばいいそうです。

(ここからは、このエクササイズの効果についての想像ですが)

外の世界に見えるものは、そのままでは何の意味もないんですね。
その証拠に、見なければ気づかず、ないのと同じです。ないのと同じってことは、そのもの自体には、意味がないということになります。

見えるから、意味があるように思えるのです。
自分から、見えても、見えなくても、そのものは存在するのに、見えたときだけ、意味があるように感じるということは、すなわち、見えたものに対して、自分で意味を与えている、ということになります。そのような見方が自然に出来るようにするのが、このエクササイズの目的のように感じています。


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